はじめに
「ちょっとTikTok見るか。」
最初は本当にそのつもりだった。
寝る前に5分だけ。
暇つぶしに少しだけ。
休憩中だからちょっとだけ。
ところが、気づいたときには30分経っている。
時計を見る。
「え、もうこんな時間?」
そしてスマホを置こうとする。
でも、その瞬間に次の動画が目に入る。
「これだけ見たら終わろう。」
見終わる。
するとまた次の動画が出てくる。
「……もう1本だけ。」
そして、またスクロールする。
この「あと1本だけ」を経験したことがある人は、かなり多いはずだ。
しかも不思議なのは、全部の動画が面白いわけではないということ。
むしろ、
「なんでこれ見てるんだろ」
と思うような動画まで見ている。
それなのに、指だけは止まらない。
なぜなのか。
「自分の意思が弱いから」
と思ってしまうかもしれない。
でも、実際にはそれだけでは説明できない。
SNSには、人間が「もう一度やってみよう」と思いやすい仕組みがある。
そして、その仕組みを知ると、
なぜTikTokを閉じられないのか
が少し見えてくる。
なぜ「次の1本」が気になってしまうのか
TikTokを見ているとき、私たちは次の動画の内容を知らない。
これが実はかなり重要だ。
次に、
めちゃくちゃ面白い動画が来るかもしれない。
全然面白くない動画が来るかもしれない。
自分が好きな情報が出てくるかもしれない。
知らなかった情報に出会うかもしれない。
つまり、次に何が来るのか分からない。
この「分からなさ」が、次の動画を見る理由になる。
SNS上の行動を分析した研究では、人々の「いいね」などの反応が、報酬学習の仕組みと整合することが示されている。研究では100万件を超える投稿と4,000人以上の利用者のデータが分析された。
もちろん、TikTokをそのまま「ギャンブル」と考えるべきではない。
しかし、
「次に何が来るか分からない。でも、もしかしたら面白いかもしれない」
という状態が、私たちの行動を続けさせることは十分に考えられる。
だから、つまらない動画が出ても終わらない。
「今回はハズレだった。」
そう思って、次を見る。
そして次も微妙だったら、
「じゃあ次。」
となる。
この繰り返しだ。
本当に怖いのは「面白さ」ではない
ここが一番面白いところだ。
もしTikTokが、
「すべての動画がものすごく面白い」
というアプリだったら、まだ話は簡単だ。
面白いから見る。
当然だ。
でも実際には違う。
興味のない動画も出てくる。
知らない人の動画も出てくる。
同じような動画が続くこともある。
それでも、なぜか次を見る。
つまり私たちは、
「面白い動画を見ること」だけを目的にしているわけではない。
「次は何が出てくるんだろう」
という感覚そのものが、スクロールを続けるきっかけになっている可能性がある。
これはTikTokだけの話ではない。
InstagramでもYouTube Shortsでも、次々にコンテンツが出てくるサービスなら似た状況は起こり得る。
「5分だけ」が30分になる理由
さらに厄介なのが、短い動画には明確な終わりがないことだ。
映画なら、
「映画が終わった」
と分かる。
YouTubeなら、
「動画が終わった」
と分かる。
本なら、
「この章まで読もう」
と区切ることができる。
ところが、ショート動画は違う。
1本が終わっても、
すぐ次の動画が始まる。
だから、
「ここまで見たら終わり」
という区切りを作りにくい。
しかも1本が短い。
「この動画くらいならいいか。」
「もう1本くらいならいいか。」
そうやっているうちに、10本、20本と積み重なっていく。
そして気づいたときには、
「5分だけ」の予定が30分になっている。
ここで面白いのは、1本を見ること自体はほとんど負担に感じないことだ。
だから止める理由も弱い。
「たった数十秒だし。」
この小さな判断が何度も繰り返される。
「ドーパミン中毒」って本当なの?
ここで一度、ネットでよく見る話を整理しておこう。
「TikTokはドーパミン中毒になる。」
「ショート動画を見ると脳が壊れる。」
こういう話を聞いたことがある人もいるだろう。
でも、これはかなり単純化された表現だ。
ドーパミンは単純な「快楽物質」ではない。
報酬の予測や動機づけ、学習など、さまざまな役割に関わっている。
だから、
「TikTokを見るとドーパミンが出て脳が壊れる」
という説明だけで全部を理解するのは正確ではない。
むしろ研究から考えるなら、
「SNSを繰り返し使うことで、習慣的になったり、自分で利用をコントロールしにくくなったりする人がいる」
と考える方が適切だ。
2024年に発表された大規模な系統的レビューとメタ分析では、6,108本の研究を調べ、そのうち182研究、約117万人を対象とした研究がレビューに含まれている。問題のあるSNS利用は、睡眠問題や不安・抑うつなどと関連していた。
ただし、ここで重要なのは、
「SNSを使ったから必ずこうなる」と証明されたわけではない
ということ。
研究の多くは関連性を調べたもので、原因と結果を完全に証明するものではない。
この部分を無視して、
「TikTok=脳に悪い」
と断言してしまうと、科学的には雑になってしまう。
じゃあ、寝る前のTikTokは?
個人的に一番注意したいのはここだ。
寝る前。
ベッドに入る。
部屋は暗い。
スマホを手に取る。
「眠くなるまでちょっと見よう。」
この瞬間から、予定していなかった時間が始まる。
「もう寝なきゃ。」
そう思っても、
「あと1本。」
が始まる。
そして時計を見る。
23時だったはずなのに、23時40分。
こうなると、問題は「TikTokを40分見たこと」だけではない。
本来寝ているはずだった時間まで削られている。
16〜25歳を対象にした2023年の系統的レビューでは、42本の中〜高品質研究をまとめた結果、デジタルメディア利用は短い睡眠時間や睡眠の質の低下と関連していた。特に夜間・就寝時の利用は、遅い就寝や睡眠状態の悪化と関連していた。
一方で、研究によって結果にはばらつきがあり、SNSそのものが睡眠を悪化させるのか、睡眠が悪い人ほどSNSを使いやすいのかなど、因果関係にはまだ不明な部分もある。
だから、
「寝る前にTikTokを見たら絶対眠れなくなる」
ではない。
でも、
「寝る時間を削ってまで見てしまう」
状態は、明らかに気をつけた方がいい。
じゃあTikTokをやめればいいのか
ここまで読むと、
「もうTikTok消した方がいいじゃん。」
と思うかもしれない。
でも、そこまで極端になる必要はない。
TikTokには普通にメリットもある。
面白い動画を見ることもできる。
知らなかった情報を知ることもできる。
趣味を見つけることもできる。
友達と共有することもできる。
問題なのは、
TikTokを使うことではない。
自分で使う時間を決められなくなることだ。
「10分だけ見よう」と思って開いたのに、1時間経っている。
「寝る前だからやめよう」と思ったのに、また開いている。
こうなっているなら、一度使い方を見直した方がいい。
「意思」より「環境」を変える
じゃあどうすればいいのか。
「絶対に見ないぞ!」
と気合いを入れる必要はない。
むしろ、そんな方法は長続きしにくい。
一番簡単なのは、
そもそも開きにくくすること。
例えば、寝るときにスマホをベッドの横に置かない。
通知を切る。
ホーム画面からTikTokを外す。
アプリの使用時間制限を設定する。
こうすると、「見たい」という気持ちが生まれても、すぐにアクセスできなくなる。
人間は環境にかなり影響される。
だから、
「自分の意志で我慢する」
よりも、
「我慢しなくても済む環境を作る」
方が現実的だ。
「あと1本」が出たら、そこで終わる
そして一番おすすめしたいのが、
「あと1本」と思った瞬間にやめること。
これが意外と重要だ。
「もう十分見たからやめよう。」
ではない。
その時点では、すでにかなり見ている。
そうではなく、
「あと1本見たい」
と思った瞬間に、
「あ、今ループに入ってるな。」
と気づく。
そしてスマホを置く。
たったこれだけ。
最初は難しい。
でも、
「あと1本と思ったら終わる」
という自分なりのルールを作ると、少しずつ変わってくる。
まとめ
TikTokを見てしまうのは、
単純に「意志が弱いから」ではない。
次々にコンテンツが出てくる。
次に何が出るか分からない。
1本が短い。
明確な終わりがない。
こうした特徴によって、
「もう少しだけ」
という行動が繰り返されやすくなる。
SNS上の行動が報酬学習の仕組みと整合することを示す研究もあり、SNSの使い方と心理・睡眠の関係については現在も研究が続いている。
だから、TikTokを完全に悪者にする必要はない。
大事なのは、
「自分がTikTokを使っている」のか、
「TikTokを無意識に使い続けている」のか。
この違いだ。
もし今日、寝る前にTikTokを開いたら、一度だけ考えてみてほしい。
「本当にこの動画が見たいのか?」
それとも、
「ただ次の動画が出てくるから見ているだけなのか?」
もし後者なら、そこでスマホを置いてみる。
たった数十秒の動画をもう1本見るか。
それとも、その時間を睡眠や本や筋トレに使うか。
「あと1本」は小さな選択に見える。
でも、その小さな選択を毎日何十回も繰り返しているとしたら。
一年後、あなたの時間は一体どれくらい変わっているだろうか。

コメント